刀(銘)肥前国住武蔵大掾藤原忠廣 寛永六年八月吉日 刃長 ニ尺三寸二分半(70.3cm) 反り 六分二厘(1.9cm) 元幅 壱寸六厘(3.2cm) 先幅 七分二厘(2.2cm) (財)日本美術刀剣保存協会 第十七回重要刀剣指定 『肥前刀大鑑』 140頁所載 |
初代忠廣は初代忠吉同人で、肥前鍋島藩の抱え工として慶応元年に藩命により一門の宗長と共に京の埋忠明寿の門に入り、忠廣は鍛刀、宗長は彫技を学んだ。同三年に帰国し、佐賀城下に住し藩の庇護の下に大いに栄えた。元和十年に再度上洛して武蔵大掾を受領し、名を忠廣と改め、寛永九年八月十五日に歿したといわれる。 本作は、身幅が広く豪壮な体配を見せており、『肥前大鑑』140頁に所載の解説より鍋島家殿様からの注文により志津写しであることがわかっている。相州伝風に板目が肌立って地沸つき、刃文は志津の中でも重文名物分部志津の様な激しい出来(湾れ風に丁字、互の目を交え、足よく入り砂流しかかり、包深く沸よくつく)を示している武蔵大掾忠廣の代表作の一振りである。 |
